決断の質が未来を決める
決断に迫られるとき、
未来を見ているのか
それとも過去を見ているのかで
その質は全く違うものになります。
けれども、
未来を見ているから良くて
過去を見ているからダメなわけではなく、
自責か他責かが明暗を分けるといえます。
特に自分にとって重要なことほど
決断に対する慎重さはありますが、
例えば、
失敗したできごとに対して
自分の責任だと受け取っていれば
過去からの学びをもって未来を見据えることができます。
けれども反対に、
失敗したできごとに対して
他人や環境のせいにして学ばずに
未来を見据えた決断は無責任に”逃げ”だといえます。
そういう人は
逃げるための理由を生み出すことが
とても上手くて
要は決断させられたという受動的な態度があるのです。
自分が決めたようで決めさせられたという感覚、
この巧妙なトリックに自らハマっている人は
自己責任から逃れたいと思うほど
自分の力を知らない、信頼していないのです。
ものごとが進むときは
きっちり完了させることが大事だと私は思っていて、
過去を清算させることで
質の高い決断もできるようになるのです。
同じ失敗を繰り返している人は
過去から学ぶことなく
安易な決断を繰り返しているからで、
それは結局自分を大切にしているとはいえない、
自暴自棄の在り方です。
失敗からの学びって
痛みだけではなく同時に喜びがあるもの。
だから逃げるよりも
真正面から向き合う方が終わらせることは簡単。
わたしたちは、向き合うと
何かとんでもなく怖いことが起こると
思い込んでいるのだけれど、
それは本当に幻想なのです。
そう思うと、
失敗も成功もできごとそのものは
未来には影響を与えることができない。
今この瞬間自分の意志によって
決断の質を選ぶことができるという
自由をわたしたちは生きているのです。
Hatsumi/Bodymaster
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