身体が訴えることと暴走することの違い
「身体の声を聴く」ことが
身体の暴走にコントロールされていることに
気がついていないと、
不足感が止まらなくなるので
やればやるほど中毒になっていく。
後悔、罪悪感、不安、自暴自棄、
これらの感情が湧いてくるなら
それは確実に身体が暴走していることになる。
本当に、
身体の声に耳を傾けていると
自分を労ることにしかならないので
その行為の後には
必ず身体も心も満たされ落ち着いています。
例えば、
・休みたい
・動きたい
・食べたい
・寝たい
身体が訴える
これら生存欲求を満たすとき、
”回復”という成果がもたらされるので、
逆に回復するどころか欠乏を感じるならば
それは身体の暴走だといえるでしょう。
休むことも食べることも
全ての行動が不足からの衝動で、
それは割と無意識に発動することが多いです。
その衝動がきたとき、
「今日ぐらいは」とか「ご褒美に」という
その行動を正当化しようとするのが暴走なので、
後悔や中毒に陥っていくループにハマってしまう。
身体の暴走は
不足感や欠乏感から発するエゴの声であり、
身体の訴えは
本来の自分に戻るための魂の声なのです。
この違いを理解せずに、
言葉だけを切り取って行動すると
全てはエゴにエネルギーを渡すだけになるので、
違いを見極めるスキルを手に入れて
人生の主導権を取り戻す必要があります。
そのスキルは修練するしかないのですが、
ポイントはその行為のあとの自分の状態です。
安定しているか不安定か。
身体が訴えることに耳を傾ければ
着実に自分が安定し
人生は確実に穏やかになっていきます。
Hatsumi/Geneus Creator
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